情熱は行動に繋がります。
行動が積み重なると経歴になります。人の経歴からその人の情熱を読み取って、その人となりを探っていく「コメディ&ケイジャー.COM」です。
今回は宇都宮ブレックスの遠藤祐亮選手を紹介します。
大学卒業後に宇都宮ブレックスの下部組織D-RISEに加入します。
そこからトップチーム昇格、スタメンへとステップアップしていきます。
その過程を追っていきたいと思います。
遠藤祐亮選手のプロフィール
本名 | 遠藤祐亮 |
生年月日 | 1989年10月19日 |
出生地 | 千葉県 |
ポジション | PG/SG |
高校 | 船橋市立船橋高等学校 |
大学 | 大東文化大学 |
所属チーム | 宇都宮ブレックス #9 |
遠藤祐亮選手の学生時代
バスケとの出会い
1989年 千葉県に生まれる
1998年頃 バスケを始める。
ミニバスがさかんな地域で、近所のお兄さんに影響されてバスケを始める。
同時に水泳もやっていた。
2003年 ジュニアオールスターで千葉県の代表に選ばれる。
市立船橋高校
2005年 市立船橋高校に入学。
1年生の内はほとんどをBチームで過ごす。
2005年の市立船橋の大会結果
- インターハイ 県予選敗退
- ウィンターカップ 本大会出場 4位
2006年 市立船橋高校 2年生。
ポジションをポイントガードに変更。
少しずつ試合にも出場する。
2006年の市立船橋の大会結果
- インターハイ 県予選敗退
- ウィンターカップ県予選敗退
2007年 市立船橋高校3年生
春の関東大会で優勝。
自身としては初のウインターカップ本大会に千葉県代表として出場。
2007年の市立船橋の大会結果
- インターハイ 県予選敗退
- ウィンターカップ 本大会出場 ベスト16
大東文化大
2008年 大東文化大学スポーツ科学科に入学。
バスケ部では1年の時からスタメンで試合に出場する。
前のシーズン大東文化大学を関東一部に押し上げた、メンバーが卒業しチームが一気に変わった時期だった。
200年の大東文化大学の大会結果
- 関東一部リーグ 10位
- インカレ 初戦敗退
2009年 大東文化大学2年生
ひとつ下の学年に岸本隆一選手が入学。
遠藤選手は春頃スタメンを外され、シックスマンとての役割になる。
リーグが始まる頃にはスタメンに復帰しています。
この年チーム自体の調子は悪くないが、勝てない試合が続いたシーズンだった
- 2009年の大東文化大学の大会結果
- 関東ニ部リーグ 8位(最下位)
- インカレ 不出場
2010年 大東文化大学3年
前年二部リーグ最下位の危機感もあり、チームとしても、遠藤選手個人としても意識を変革して臨んだシーズンであった。
これまでほぼ自主練をしなかった遠藤選手、個人練習をするようになる。
2010年の大東文化大学の大会結果
- 関東二部リーグ 優勝
- インカレ 不出場
2011年 大東文化大4年
3年の頃からJBLのチームに入りたいと思っていたが
となかなか難しい現状だった。
JBLとは?
- 2013年まで行われた、日本のセミプロバスケットリーグ。
- 正式名称は日本バスケットボールリーグ。
- 2013年にNBLと言う新しいリーグに移行した。
しかし、遠藤選手はJBLへ行きたい気持ちは大きかった。
2011年の大東文化大学の大会結果
- 関東一部リーグ 4位
- インカレ ベスト8
Bリーグでの戦績
2012 D−ライズ
大学の監督のすすめで、リンク栃木ブレックスの下部組織である、D-RISEのトライアウトを受ける。
トライアウトに合格し、D-RISEと育成契約を結ぶ。
2012-13シーズン D-RISE
D-RISEでシーズンをスタートさせる。
11月の段階でトップチームにコールアップされる。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
20 | 1 | 10.3 | 2.3 | 21.1 | 0.8 | 1.8 | 41.7 | 0.9 | 2.8 | 34.5 | 0.2 | 0.2 | 80 |
2013-14 リンク栃木ブレックス
最初からブレックスのメンバーとして迎える初めてのシーズン
しかし、プレイタイムは増えずに試合には出るが、活躍することはなかった。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
46 | 2 | 11.7 | 3.6 | 33.8 | 0.8 | 1.9 | 43.8 | 1.3 | 3.4 | 39.5 | 0.2 | 0.2 | 80 |
2014-15 リンク栃木ブレックス
プレシーズン台湾へ海外遠征の時、日本代表がいなかったことから、相手のエースにディフェンスでつくメンバーがいなかった。
遠藤選手にその役割が任され、そのときに良いディフェンをしたことから、その後のレギュラーシーズンで少しずつプレイタイムが増えていく。
そのとき遠藤を推薦したのが安齋竜三アシスタントコーチだった。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
54 | 25 | 15.5 | 4.4 | 30.8 | 1.3 | 3.1 | 41.6 | 1.8 | 4.8 | 37.7 | 0.3 | 0.4 | 73.7 |
2015-16 リンク栃木ブレックス
強みとしているディフェンスを強化していき、プレイタイムも伸びていく。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
54 | 30 | 18.4 | 4.8 | 38.7 | 1.1 | 2.6 | 44.3 | 1.9 | 4.6 | 41.9 | 0.3 | 0.3 | 87.5 |
2016-17シーズン 栃木ブレックス
Bリーグ開幕
全試合スタメンとして出場、特にディフェンス面では中心としてチームに貢献。
ベストディフェンダー賞受賞。
チャンピオンシップ優勝。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
60 | 60 | 24.1 | 7.6 | 38 | 1.8 | 4.3 | 42.2 | 3 | 7.3 | 40.5 | 0.5 | 0.6 | 86.1 |
2017-18 栃木ブレックス
昨シーズンの優勝メンバーの移籍が相次ぐ。
古川選手、熊谷選手、須田選手が移籍し、渡邉選手が引退(後に復帰)しメンバーが入れ替わる。
そんな中、遠藤選手はディフェンス面だけでなく、オフェンス面でも期待される。
特に3ポイントでの得点を伸ばそうとするが、今シーズンは
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
59 | 59 | 24.3 | 8.2 | 34.5 | 2 | 5.2 | 38.8 | 3.2 | 8.5 | 37.1 | 0.7 | 0.8 | 80 |
2018-19 栃木ブレックス
得点面での取り組みが結果になっていく。
ベストディフェンダー賞受賞
ベストファイブ受賞
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
56 | 53 | 26 | 11.7 | 45 | 2.4 | 5.4 | 43.3 | 4.4 | 9.9 | 44.1 | 0.9 | 1.2 | 74.3 |
2019-20 宇都宮ブレックス
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
27 | 24 | 22.4 | 10.2 | 43 | 2 | 3.9 | 52.9 | 3.9 | 8.1 | 47.7 | 0.7 | 0.9 | 75 |
2020-21 宇都宮ブレックス
チームの東地区優勝に貢献
チャンピオンシップに進出するものの、千葉ジェッツに敗れ準優勝。
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
57 | 57 | 21.7 | 7.1 | 37.6 | 1.1 | 3.2 | 34.8 | 2.6 | 7.2 | 36.3 | 0.3 | 0.5 | 62.1 |
2021-22 宇都宮ブレックス
チームを引っ張っていたライアンロシター、ジェフギブス選手がブレックスを離れ、新たなチームを作る1年になる。
チャンピオンシップ優勝
試合 | スタメン | 平均PT | 平均得点 | 3P% | 2PM | 2PA | 2P% | FGM | FGA | FG% | FTM | FTA | FT% |
52 | 52 | 23 | 7.2 | 36.5 | 1.1 | 2.8 | 39 | 2.6 | 6.9 | 37.5 | 0.6 | 0.8 | 70.7 |
まとめ
遠藤裕亮選手は高校、大学時代スタープレイヤーではなかった。
それでも、リンク栃木ブレックスの下部組織からブレックスのスターティングメンバーに名を連ねるまでに成長。
ブレックス優勝の中心選手になっていっています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
その他のブレックスの記事もあります、ぜひご覧ください
コメント